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彩の国さいたま芸術劇場 |

音楽

【埼玉アーツシアター通信】イレブン・クラシックス Vol.2 波多野睦美 & 高橋悠治

2020年12月25日

 

演奏会の新習慣────
平日朝11時に名手の演奏&トークをお贈りする新シリーズ「イレブン・クラシックス」。
6月に予定していた第1回は残念ながら中止となったが、来年1月にいよいよスタートする。
メゾソプラノ波多野睦美とピアノ高橋悠治による歌曲のひととき。
音楽をもっと楽しく、もっと味わうコンサートの魅力をナビゲーター林田直樹が紹介しよう。

 

公演詳細はこちら

 

文◉林田直樹(音楽ジャーナリスト・評論家)

 

フレッシュな耳で音楽を聴いてみよう

 

 コンサートの形が、大きく変わり始めている。
 従来の常識からは考えられないような曜日・開演時間・出演者・曲目・構成による公演が成功するケースが、近年ではあちこちで見られるようになった。
 その最たるものが、「平日午前中のコンサート」である。
 会社や学校が忙しくしている分、混雑が比較的少なく、空気もきれいな時間帯。まだ一日を過ごすには余裕もある。終演後に暗い夜道を急いで帰る必要もなく、ゆっくりランチを楽しむこともできる。
 私たちの耳は、日によって少しずつ、そして一日の中でも「聴こえ方」が微妙に違っている。朝起きてすぐの新鮮な耳と、いろいろな話し声や物音に慣れていく昼間の耳と、ひとしきり活動を終えた後の夜の耳とでは、感じ方が違う。
 そういった意味でも、いちばん静かな平日午前中に本物の生の音楽に触れることは、精神的にも肉体的にも、とても良いはずである。
 朝一番に飲む水が、すこやかに身体に吸収されて全身の細胞を活性化させるのと同じように、午前中にクラシック音楽の生演奏を聴くことができたら、素晴らしい効果を発揮するに違いない――頭も耳も心も澄み切っているのだから。
「イレブン・クラシックス」は、そんな発想のもと、「この時間帯なら来やすい」という音楽好きの方々のために、最良の音楽を届けようという意図のもとに企画された。そして、このシリーズのポイントは、室内楽・歌曲を続けていくところにある。

 

音楽の真髄を身近にお届け

 

 Covid-19 の世界的流行によって、あらゆる人間活動のみならず、クラシック音楽界も未曾有の危機に陥っている。少しずつ光明は見え始めているが、以前と全く同じ状態にすぐ戻るとは思えない。いまの鎖国状態が解除されない限り、かつて毎月のように訪日してきていた海外からの有名演奏家たちの賑わいも、しばらくは戻ってこないだろう。
 だがその分、私たちは国内の素晴らしい演奏家たちの活動に目を向けるよい機会に恵まれたともいえる。そこで重要になってくるのが、室内楽・歌曲である。
 これまでクラシック音楽というと、多くの人が真っ先に連想するのはオーケストラとそれを率いる指揮者の颯爽とした姿か、ピアニストやヴァイオリニストのスター性だろう。あるいは、大劇場でのオペラ公演を思う人もいるかもしれない。
 そうしたパブリック(公的)な音楽に対して、室内楽や歌曲の魅力は、よりプライヴェート(私的)なところにある。大きな場で発表するのではなく、親密な場で語りかける――そういう音楽の真髄を、身近にお届けできたらと思う。

 

とっておきのトークもお楽しみに

 

「イレブン・クラシックス」は平日の午前11時開演。この時間に豊かな音楽を聴くことで、ずいぶん一日の過ごし方も変わってくるだろう。今回このシリーズで、ナビゲーター(案内人)としてできればと思うのは、一方的にレクチャーするのではなく、出演する演奏家たちと、少しでもやりとりをして、音楽の理解のカギとなるような面白い話を引き出したいということである。かしこまった形式的なコンサートもいいけれど、少しくだけた雰囲気も作って、演奏家の人柄も伝わるものにしたい。それでいて、しっかり本格的な音楽を聴くための準備となるようなトークにしたい。
 そのためには、まだアイディアの段階ではあるけれど、私からのリクエストで、演奏家に訳詩の朗読をしていただくかもしれないし、楽曲の理解のためにちょっとだけさわりを弾いて説明して、なんてことをお願いするかもしれない。少しでも空気を動かして、不要な緊張を解きほぐし、演奏家も聴き手も、リラックスのあとの集中に向かうためのお手伝いをできたら、と思っている。
 室内楽はオーケストラの原型であり、歌曲はオペラの原型である。そこには演奏家どうしの、より深いコミュニケーションがある。このコミュニケーションということこそが、いま文化のあらゆる層において、もっとも求められていることでもある。
 第1回の葵トリオ(ピアノ三重奏団)は延期されたが、第2回の波多野睦美(メゾソプラノ)&高橋悠治(ピアノ)は、万全の準備を尽くして1月13日の開催を控えているところだ。波多野さんの声はいまの日本でもっとも親密で深く心に染み入る響きをもっているし、悠治さんのピアノは、決して均質にならない、融通無碍な自由がある。作曲家ならではの「思考」の感じがある。ただ表面的な綺麗さを求めるのではなく、音楽と言葉の深度のある人たちなのだ。今回は三人でシューベルト談義でもして、その後での演奏を、劇場を訪れた皆さんと一緒に聴けるのを楽しみにしている。

 

(「埼玉アーツシアター通信Vol.89」P.12-13より)