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彩の国さいたま芸術劇場 |

音楽

【埼玉アーツシアター通信】クロノス・クァルテット 《ブラック・エンジェルズ》

2022年8月01日

時代の先端を走り続ける伝説の弦楽四重奏団、クロノス・クァルテット。
2020年の公演中止を経て、今年9月、19年ぶりの来日公演が実現する。
プログラムは、クァルテット結成のきっかけとなった《ブラック・エンジェルズ》、
一世を風靡した《紫のけむり》、オノ・ヨーコとのコラボレーション、
さらに現在進行中のプロジェクトからの最新作など、クロノスならではの刺激に満ちた全9曲。
来年、結成50周年を迎えるクロノス・クァルテットのこれまでの歩みと、
待望の埼玉公演の聴きどころをご紹介しよう。

 

文◎小室敬幸(音楽ライター)

>>クロノス・クァルテット《ブラック・エンジェルズ》公演詳細はこちら

 

 

クロノス・クァルテットが
起こした革命

 

 現代における弦楽四重奏の活況は、1970年代に結成されたクァルテットによって築かれた素地のお陰ではないだろうか。はからずも皆、さいたまに来たことのある団体ばかりだが、ヨーロッパとアメリカの両雄とでもいうべきウィーンのアルバン・ベルク四重奏団(1970 〜 2008)とニューヨークのエマーソン弦楽四重奏団(1976 〜 )は、初期の録音から恐るべき完成度を誇るパフォーマンスを聴かせ、技巧性・明晰さ・緻密なアンサンブル……の3点において、クァルテットの新たな領域を切り拓いた。

 それに対し、弦楽四重奏曲のレパートリーを拡大したという意味で顕著な貢献をしたのがサンフランシスコを拠点にするクロノス・クァルテット(1973 〜 )とロンドンで結成されたアルディッティ・クァルテット(1974 〜 )だ。後者アルディッティは、それまで演奏不可能だと思われていた複雑怪奇な譜面を安々と演奏。そしてシュトックハウゼンの《ヘリコプター四重奏曲》が象徴的なように、弦楽四重奏と縁のなかった前衛的な作曲家にも委嘱して新作を生み出した功績は大きい。一方、今年19年振りの来日を果たすクロノスが弦楽四重奏に起こした革命の大きさは、アルディッティ以上といっても過言ではない。

 クロノス・クァルテットは1973年8月、当時23歳だった第1ヴァイオリンのデイヴィッド・ハリントンが作曲家ジョージ・クラムの《ブラック・エンジェルズ》をラジオで偶然耳にしたことをきっかけにして結成された。当時はベトナム戦争の末期。弦楽四重奏も過去の遺産を演奏するだけでなく、リアルな現代社会を反映した芸術を体現できることに衝撃を受けたのだという。

 しかも《ブラック・エンジェルズ》という作品は、弦楽器以外の打楽器や日用品を演奏し、マイクとスピーカーによって拡声されることも重要だった。伝統的なクァルテットではタブーにあたるような表現にもクロノスは果敢に挑戦。そのお陰で、スティーヴ・ライヒとのコラボレーションでは多重録音や過去の音声素材と共演する、新時代に相応しい傑作が生まれたのだ。

 

演奏とパフォーマンス
限界知らずの弦楽四重奏

 

 そうしたスタンスは変わらず、今も健在。埼玉公演では《ブラック・エンジェルズ》の他にも、弦楽器だけなのに伝統的なサウンドやリズムから逸脱することに成功したペンデレツキの弦楽四重奏曲より、反対に弦楽器を一切弾かないライヒの《振り子の音楽》(マイクを振り子にして、床に寝かしたスピーカーと繊細にハウリングさせるという、視覚効果も含めて作品の真価が体感できる刺激的作品!)、80代で日本に移住した巨匠ライリーが生み出したNASA収録による宇宙の音響と弦楽四重奏が響き合う感動大作《サン・リングズ》の最終曲(人智を超えた悠久の時の流れを味わえる傑作!)、サンプリングが普及する以前からサウンドコラージュを追求してきたジョン・オズワルドの《スペクトル》(開放弦からノイズまで、事前収録された録音とパフォーマンスを組み合わせたこれまた刺激的な一作!)が演奏される。

 加えて、クロノスは「多様性」と「異なる文化」を尊重してきた。西洋芸術だけでなく、ジャズやロックの楽曲を率先してレパートリーに取り入れ、その分野の一流の音楽家たちと積極的に共演を重ねてきたのだ。とりわけ有名なのがジミ・ヘンドリックスの《紫のけむり(パープル・ヘイズ)》である(1986年にノンサッチからリリースされた最初のアルバムに収録)。近年のクロノスはレパートリーから外していたというが、来日公演にあわせて久々に披露してくれるというから楽しみでならない。他にもオノ・ヨーコがテリー・ライリーの80歳記念に提供したパフォーマンス作品《トゥ・マッチ・ザ・スカイ》で何が起こるのかにも注目だ。

 これまでに1000曲以上の弦楽四重奏曲を演奏してきたという事実には驚くほかないが、現在は「50 for the Future」という企画が進行中だ。世代も属する文化もまるで異なる様々な50人の作曲家(半分は女性!)とのコラボレーションで新作を生み出し、楽譜、音源、演奏法など、全てWEBサイトにおいて無料公開。弦楽四重奏の未来に投資するビッグプロジェクトだ。埼玉公演ではこの中から、ストップモーションアニメに示唆を受けたニコル・リゼー(1973年生まれ)の《アナザー・リビング・ソウル》(おもちゃ楽器を弓にしたり、足でハンドベルを演奏したり……!?)、ジャワ・ガムランでも珍しい女性の独唱者として活躍するペニ・キャンドラ・リニ(1983年生まれ)の《マドゥスワラ》が演奏される。後者は現時点ではまだWEBサイトに公開されていない、出来たてほやほやの最新曲。今も歩みを止めていないことを実感できる貴重な機会となるはずだ。

(「埼玉アーツシアター通信Vol.100」P.16 -17より)

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