詳細|お知らせ
News

彩の国さいたま芸術劇場 |

シネマ・イベント

【レポート】彩の国シェイクスピア講座Vol.2「『ヘンリー五世』徹底勉強会」第3回「『ヘンリー五世』とロンドン市民の英雄像」

2019年1月21日

12月1日(土)、彩の国シェイクスピア講座Vol.2『ヘンリー五世』徹底勉強会第3回「『ヘンリー五世』とロンドン市民の英雄像」講師:井出新(慶應義塾大学教授)が開催されました。

 

まず、『ヘンリー五世』が創作された時代背景を見てみましょう。ロンドンの人口は40%近くを4歳から25歳までが占めていて、若者がとても多い街でした。戦争史の研究家によると、1585年から(エリザベス治世が終わる)1603年まで、海外遠征に送られた兵隊は毎年5000人を上回っていたと計算され、そのうち10%以上がロンドンから送り出された若者でした。そのためロンドン市民は自らで戦争に備える動きが活発になっていました。

 

そんな時代にロンドン市民に大人気だったのが、「騎士道物語」・「騎士道ロマンス」で、並み居る敵を打倒し、恐ろしい敵や怪獣を退治し、ついには彼の想い人から寵愛を得るという非常に勇敢な英雄が主人公の物語でした。当時、「騎士道物語」がどの程度人気だったかというと、1570年から80年にかけてタイトルが判明している63作品のうち23作品(30~40%)が「騎士道物語」だと言われています。
この「騎士道物語」や「騎士道ロマンス」は、初めは貴族階級が軍人の戦意高揚のために利用されていました。14世紀のイングランドでは、王エドワード3世がフランスとの戦争および国内統一のために【ガーター騎士団】を設立します。その際、軍人たちに「騎士道ロマンス」の『アーサー王物語』を使い、戦意高揚を図ったと言われています。やがて「騎士道物語」や「騎士道ロマンス」は、ロンドン市民にも大きな影響を与えはじめます。エリザベス女王時代では、市民は自分を貴族階級の勇猛さや血筋に引けを取らない騎士道集団のひとりと考え、自らを鼓舞させていました。市民は騎士道的英雄にあこがれているだけではなく、騎士道精神が軍事的に役立つということに気づき、市民が市民の市民による市民のための英雄を作りが始めていたのです。このように「騎士道物語」は単なる娯楽ではなく、戦意高揚のための装置として機能していました。

 

劇作家も観客の流行を察知し、自分の作品に反映させていきました。たとえば1580年代に大衆に大人気だった『クリオモンとクラミディーズ』という【騎士道・冒険・魔術・決闘・恋愛】と観客の喜ぶものが詰まった作品があります。この話に筋書きと全く関係ないアレクサンダー大王が登場するシーンがいきなり挿入されています。ト書きには、「アレクサンダー大王は、出来るだけ雄々しく着飾り、出来るだけ多くの兵士たちと登場」と書かれています。こういう場面が挿入されていることから、当時の観客たちが何を楽しみに足しげく通っていたのかがわかります。


シェイクスピアもまた、『ヘンリー五世』でアレクサンダー大王の名前を出しています。観客がここまで熱狂しているものをシェイクスピアも無視できなかったのでしょう。アレクサンダー大王は2つの場面で登場していて、1つ目が第3幕第1場ヘンリー五世のセリフです。自分の兵に向かって「さぁ行け!行け!高貴なるイギリス人たちよ。その武勇の血は百戦錬磨の父親から受け継いだものだぞ。かの父は一人一人がアレクサンダー大王となって、この地において朝から晩まで戦い続け、剣を鞘に納めたのはあたりに敵の姿がいなくなってからだった」と戦意高揚のための人物として用いています。もう1つは第4幕第7場のフルエリンがガワーという隊長に向かって、アレクサンダー大王とヘンリー五世の類似点を指摘する場面があります。「アレクサンダーの生涯をつぶさに調べてみれば、ヘンリー五世の生涯と非常に似ていることが分かるだろう。物事は全て類似というものがあるのだ」とヘンリー五世とアレクサンダー大王が騎士道的な英雄としてぴったりと重なっていることを観客にアピールしています。やはりシェイクスピアも何が大衆受けするかということを分かっていたのでしょう。


このように『ヘンリー五世』でアレクサンダー大王を出し、シェイクスピアはロンドン市民が喜びそうな英雄について言及をしていますが、ほかの作品に騎士道的な英雄に対する言及や騎士道的英雄を描いた物語は書いていません。この芝居もよく読んでみると騎士道的英雄を出すときは、フォルスタッフとかバードルフとかロンドン市民の騎士や兵士を滑稽に描いているときです。シェイクスピアは騎士道的英雄にどんなイメージを描いていたのでしょうか——。

 

***

そのほかにも、冒頭のテニスボールのシーンについてなど当時の状況を交えながら進められました。


第4回は、清泉女子大学の米谷郁子先生による「『ヘンリー五世』のラスト・シーン〜キャサリン像を考える〜」です。

 


 

講師プロフィール

井出 新(いで・あらた)
慶應義塾大学文学部教授。専門は英文学、イギリス初期近代の演劇と文化。日本シェイクスピア協会会長。著書としてThe Cambridge Guide to the Worlds of Shakespeare (Cambridge Univ. Pr., 共著) や『シェイクスピア大全』(新潮社、共編)、『シェイクスピアはどこ?──お芝居の中に隠れているよ』(東京美術、監修絵本)など多数刊行している。


 

◆彩の国シェイクスピア・シリーズ第34弾『ヘンリー五世』公演情報はこちら
◆彩の国シェイクスピア講座Vol.2「『ヘンリー五世』徹底勉強会」情報はこちら
 ◎第1回レポートはこちら
 ◎第2回レポートはこちら