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【レポート】彩の国シェイクスピア講座「『アテネのタイモン』徹底勉強会」 第3回「アテネを占拠せよ〜『アテネのタイモン』における政治と経済」

2017年12月08日

 

 11月25日、彩の国シェイクスピア講座「『アテネのタイモン』徹底勉強会」第三回目が開催されました。今回は、講師に北村紗衣先生(武蔵大学准教授)を迎え、「アテネを占拠せよ〜『アテネのタイモン』における政治と経済」と題し、講座を行いました。

 

【講座概要】
北村先生:私は、今までに「アテネのタイモン」を3回観たことがあります。楠美津香のひとり芝居『超訳アテネのタイモン』(2009)、ニコラス・ハイトナー演出、サイモン・ラッセル・ビール主演のナショナル・シアター(2012)、スティーヴン・ウィメット演出、ジョゼフ・ジーグラー主演のストラトフォード・フェスティバル(2017)の3回です。今回のシェイクスピア・シリーズを観ると4回目になります。 『アテネのタイモン』は戯曲を読むと面白くないのですが、実際に観てみると面白いんです。 今回は、自分が実際に観てきたものに基づくお話をしたいと思います。

  
≪第1幕 経済≫

タイモンはお金を持っているせいで、あらゆる力を持っていると錯覚しています。ナショナル・シアターでの上演では、タイモンはお金が愛だと思っており、人に与えることに快楽を感じる中毒者として演じられていました。アルコール依存症にかかった方がなかなかお酒をやめられないように、タイモンはお金に支配されていました。この芝居についてカール・マルクス(ドイツの経済学者)が言っていることなのですが、お金を持っていれば醜いものは美しく、邪なことは正しく見えるように変えることができますし、またその逆もできます。全てのイメージを倒錯、転倒させてしまうくらい、お金は力を持っています。 そんなお金をたくさん持っているタイモンの魅力は単にお金持ちという点だけなのでしょうか。タイモンはいわば気前がいい人です。「気前の良さ」は、魅力にならないのでしょうか。 

 

本作は贈り物によって起こる話なので、エロスの経済(贈与経済)の話だと思います。エロスの経済について、ルイス・ハイド(アメリカの学者)が『ギフト—エロスの交易』という本を書いています。ここで使われている「エロス」とは、論理では説明できない情愛を意味しています。ハイドによると、贈り物をすることはエロスの交易です。お金を出して代わりに物をもらうという行為は決まった価値を交換しているだけなのですが、人にものをあげるという行為は、その人同士の信頼関係を作ることが大事な要素になっています。 よって学術や芸術は市場経済ではなく贈与経済で回っていると言われています。 おそらく私がいつもやっている教育もそうです。例えば授業は、先生から生徒に知識の贈与が行われています。その授業を行うために、たくさんのお金をかけて学んできた知識を提供していますが、提供されたものに対してもらえるお金は、実はわずかだとも言えると思います。ではなぜ教育をするのかと聞かれると、みんなのためになり、感謝されると嬉しいからということがあります。感謝でなりたっている経済を贈与経済といいます。

 

シェイクスピアは贈り物の話をいくつか書いています。
『ヴェニスの商人』…ベルモントが象徴する贈与経済が、ヴェニスが象徴する市場経済に敗北する話
『リア王』…リアが生前贈与を行ったが、上の2人の娘に互酬的な関係を拒否したため破滅してしまう話
『アントニーとクレオパトラ』…気前のいいアントニーが人になんでもあげてしまうせいで政治情勢が不安定化してしまう話

 

タイモンは贈り物のやり取りで築かれる、互酬的(reciprocal)な関係を強く信じて楽しみとしています。しかし画家や詩人といった贈与経済で成り立つ世界の人たちですら、タイモンに対して互酬的な関係を築こうとしていません。タイモンの行為を美徳として捉えれば、この作品の社会が腐敗していることに気がつくのではないでしょうか。

 

 

≪第2幕 政治≫

まず、アルシバイアディーズの役割を見てみましょう。アルシバイアディーズは友のために立ち上がる、名誉と報恩を重視する古風な軍人として描かれています。元老院議員たちによって追放されてしまいますが、ここにアテネの政治が数少ない元老院議員たちによって支配されていることが現れています。その後、アルシバイアディーズの反乱を止められない元老院議員たちはタイモンに助けを求めますが、元老院議員たちは自分たちで起こしたことも処理できず、全く機能していないことがわかります。こうした点からも、アテネの社会は腐敗していることが分かります。

 

本作は限られた場所や時代ではなく、どこにでもある腐敗した政治の話です。そのため『アテネのタイモン』を上演するときは、モダナイズ(現代化)することも必要です。キャストの人種や性別など現代の背景に合うように変更されます。例えば、2012年のナショナル・シアターの公演では、2011年に実際に起こったロンドンの暴動やオキュパイ運動(超格差社会により起こったデモ)を取り込んだ演出がされていました。舞台装置も高級住宅街とテントのような汚いセットの対比で、アルシバイアディーズの反乱軍は、貧困に苦しむ群衆として描かれていました。

 

本作は、アテネがどうなったかわからないまま終わります。アルシバイアディーズの反乱軍は改革を成功させたのか、それとも元老院議員たちに丸め込まれてしまうのか分かりません。『アテネのタイモン』はどう解釈をすべきなのでしょうか。一般的に文学には正しい解釈はありませんが、間違った解釈はあります。間違った解釈さえしなければ、どんな解釈をしてもいいのです。もし皆さんが演出家だったら、どんな『アテネのタイモン』にしますか? 例えばタイモンが森の中で見つける「黄金」をひとつとっても、延べ棒なのか、砂金なのか、貨幣なのか、どのような状態のものなのでしょうか。戯曲は、演出方法を想像しながら読むともっと面白さが広がるでしょう。

 


 

講師プロフィール

北村紗衣(きたむら・さえ)
武蔵大学人文学部英語英米文化学科准教授。キングズ・カレッジ・ロンドン英文学科博士課程修了。著者に『共感覚から見えるものーアートと科学を彩る五感の世界』(勉誠出版、2016、編者及び寄稿)を刊行している。

 


 

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