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彩の国さいたま芸術劇場 |

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【レポート】彩の国シェイクスピア講座「『アテネのタイモン』徹底勉強会」 第1回「『アテネのタイモン』のほつれ」

2017年11月07日


 

             講師_河合祥一郎(東京大学教授)

 

 10月28日、彩の国シェイクスピア講座「『アテネのタイモン』徹底勉強会」が開催されました。本講座のコーディネーターでもある河合祥一郎・東京大学教授を講師に迎えた第1回目は、「『アテネのタイモン』のほつれ」と題し、『アテネのタイモン』の戯曲の矛盾に焦点を当てた内容となりました。

 

【講座概要】
河合先生:まず、本作の主筋として「絶対的な信頼を裏切られた主人公の破滅」、副筋として「忘恩」があります。「人間は支え合って生きている」と信じ、人情があればこその人間だと信じていたその信念を裏切られたタイモンは、人間を信じられなくなり、森で生活することを選びます。「絶対的な信頼を裏切られた主人公」という点では、『オセロー』や『リア王』にも通じる物語と言えます。
 副筋の「忘恩」は、『コリオレイナス』との共通点を見出すことができます。両作品は物語の構造も似ており、「国や市民のために戦いながらも不遇な扱いを受けた人物が復讐を行う」という筋になっています。

 

◆『コリオレイナス』
コリオレイナス(ケイアス・マーシアス)はローマのために武勲を立てながら、護民官らによってローマから追放される。復讐のためにローマを攻撃・征服しようとすると、護民官らは慌てる。

◆『アテネのタイモン』
アルシバイアディーズはアテネのために武勲を立てながら、元老院議員によってアテネから追放される。復讐のためにアテネを攻撃・征服しようとすると、元老院議員は慌てる。

 

 ここで『アテネのタイモン』には台本のほつれと言うべき事柄が起こります。アルシバイアディーズを抑えるため、元老院議員はタイモンに将軍職への就任を要請するのです。しかし、物語の冒頭以来、タイモンが武人だったという描写はどこにもなく、将軍職への就任要請は唐突と言わざるを得ません。

 

 他にも以下のような台本のほつれがあると言えます。
・ヴェンティディアスという人物のスペルが4通り登場する(Ventidius / Ventidgius / Ventiddius / Ventidgius)。
・第4幕第4場でアペマンタスが「詩人と絵描きがやって来る」と言って去るが、直後に登場するのは山賊と執事であり、詩人と絵描きが登場するのは第5幕第1場。
・最終場(第5幕第4場)で登場するタイモンの墓碑銘には「我が名を問うことなかれ」と書いてある一方、「我タイモン、ここに眠る」とも書いてあり、矛盾している。

 

 このように、明らかな台本上のほつれがあるため、『アテネのタイモン』はシェイクスピアが存命のときに上演されたことはなかったのではないかとさえ言われています。

 

 このようなほつれの理由は、本作が劇作家ミドルトンとの共作だからではないかと言われています。それを裏付けるように、本作にはシェイクスピアの文体とは思えないものがあり、ミドルトンの特徴が随所に現れています。例えば、シェイクスピアは、「弱強五歩格」という、1文に強いアクセントをつける言葉と弱いアクセントをつける言葉が交互に5回ずつ出てくる形を上手に使う人でしたが、この作品ではそのリズムが乱れることが多く、また散文のあとに二行連句という韻を踏んだ対の文が出てくるパターンがあります。後者はミドルトンの書き方によく似ています。

 

 これらのほつれや文体から、本作は「未完の作品」「途中放棄された作品」と見なされることが少なくありません。しかし、ウィルソン・ナイトという学者は「完璧な作品。タイモンは、ハムレットやリアよりも高貴な存在だ」と高く評価しています。また、絶望の極致、世界に対する呪いを強く描いた本作を「『リア王』のためのスケッチ」と見なす学者もいます。

 

 「人生をかけて人を信じようとした男が裏切られたときにどうなるか」。シェイクスピアはある種のケーススタディとして、いくつかの作品でこのことに取り組んできました。最愛の人物に裏切られたときにどうなるかを描いた『オセロー』、信頼していた家族に裏切られたときにどうなるかを描いた『リア王』。そう考えると、『アテネのタイモン』もまた、友人に裏切られたときにどうなるかを描いたシェイクスピアの試みであったと言えそうです。

 


 

プロフィール

河合祥一郎(かわい・しょういちろう)
彩の国さいたま芸術劇場シェイクスピア企画委員会委員長。東京大学教授。角川文庫からシェイクスピア戯曲の新訳を刊行するほか著書多数。主著に『ハムレットは太っていた!』(サントリー学芸賞受賞)など。蜷川幸雄演出『ヘンリー四世』『ヘンリー六世』の構成も手掛けた。

 


 

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