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彩の国さいたま芸術劇場 |

音楽

ピアノ・エトワール・シリーズVol.31 キット・アームストロング 曲目解説を掲載しました!

2017年1月05日

<program notes>                                            曲目解説:長木千鶴子
 

C. P. E. バッハ:自由な幻想曲 嬰ヘ短調 H.300/Wq.67
 カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(以下、エマヌエル)は、かの大バッハの次男で、1714年にワイマールで生まれた。大バッハが二人の妻との間に授かった20人の子供のうち、4人の息子が作曲家として名を残したが、最も出世したのはエマヌエルで、前古典派を代表する作曲家として歴史的な評価も高い。四半世紀以上にわたってプロイセン国王フリードリヒ二世に仕えた後、54歳の時、代父でもあったテレマンの後任としてハンブルク市の音楽監督となり、1788年に没するまで20年間、この地で大活躍し、今も聖ミヒャエリス教会に眠っている。およそ半世紀後にこの教会で洗礼を受けることになるブラームスは、19世紀にはあまり顧みられなくなっていたエマヌエルを高く評価した一人でもある。  
 大バッハから音楽教育を受け、父の音楽も偉大さも最もよく知るエマヌエルは、実に自由な創造力で新時代へ大胆に舵をきり、ハイドンなどに大きな影響を与えた。1787年の最晩年に作曲された嬰ヘ短調の《自由な幻想曲》は、その題名通り、ファンタジーの赴くまま即興するかのようで、まさに疾風怒濤の時代の産物。冒頭のBACH動機によるアダージョ主題と三連符によるラルゴ主題を軸に即興的なパッセージが展開される。作曲者自身によるヴァイオリン声部付き編曲も知られる。  

 

アームストロング:左手のための3つの印象
 ピアニストとしての活動の傍ら、作曲も手掛けるアームストロング。本日のプログラムには日本初演となる自作曲が2曲含まれている。《左手のための3つの印象》は、2013年3月の作。作曲という行為を「自分を外側と内側の両方から見つめる作業」と語るアームストロングによれば、この曲は、車窓からの田園風景と「そこに吹いていた風にインスピレーションを受けて」、その風のイメージと、「そのとき自分が瞑想したもの」、すなわち「風によって想起された、私の内部にあったもの」を表したものとのこと。第1曲は〈瞑想の時〉(モデラート、4/4拍子)。第2曲は6/8拍子に転じて〈アイオロス〉。ギリシャ神話の風の神がヴィヴァーチェでさわやかに戯れるよう。第3曲は〈おしゃべり〉(5/4拍子)。

 

スウェーリンク:わが青春はすでに過ぎ去り  
16世紀末から17世紀初め、オランダ・アムステルダムの名物といえば?答えは象、そしてスウェーリンクの演奏会——と伝えられるほど、スウェーリンクの名はヨーロッパ中で知られていた。彼は、今も眠るアムステルダム旧教会のオルガニストに15歳で任命されたものの、まもなく市がカトリックからカルヴァン派への転向を余儀なくされ、教会でのオルガン演奏は禁止。オルガンも危うく壊されるところを、高額で誂えたばかりだったため市当局が保護を強く訴えた結果、チェンバロなどと共に市主催の演奏会に役立てられ、オルガニストは市職員として演奏会を担当することに。そのためスウェーリンクは当時としては稀なことに宗教や宮廷といった制約がない中で自由に創作・演奏できる環境に恵まれ、教育活動にも力を注いだ。彼の元には特にドイツ北部・中部のオルガニスト達が次々と学びに来て、その後故郷に戻り、大バッハへと至るドイツ・オルガン音楽の華やかな一時代を築いたため、「北ドイツ・オルガニストの父」とも呼ばれる。  
 彼がトッカータやファンタジアと並んで最も得意としたのが変奏。その主題は、コラールや詩編歌、ラテン語の聖歌からヨーロッパ各国由来の歌曲や舞曲まで多岐にわたる。なかには弟子を通じて知ったものもあったようだ。《わが青春はすでに過ぎ去り》も原曲はドイツの歌だが、その旋律と歌詞はスウェーリンクのこの曲で伝えられるのみ。6つの変奏から成り、続けて演奏される。洗練された声部書法とリズム変化の妙が魅力的である。


 

アームストロング:細密画  
《細密画》も《左手のための3つの印象》と同様に性格的小品で、4曲から成る。第1曲は〈春の目覚め〉。長三和音と短三和音の間をたゆたうように曲は始まる。大きく3つの部分から成り、ドラマティックというよりは内省的な性格を持つ。第2曲〈レクサ〉は、複雑なリズムを特徴とする自由なロンド風。第3曲〈レンツ—《ヴォラーレ》による変奏曲〉は、イタリアの有名なカンツォーネで日本ではCMでもよく知られる《ヴォラーレ》をもとに、この曲の様々な性格をバガテル風にしたもの。夢みるように始まるが、生き生きとしたリズム、不安げな旋律を経て、形式的な崩壊へ至る。第4曲は〈折り紙〉。2010年2月の作。ひとつの折り紙がさらに新しく別のものに変化させられるように、6つの性格を推移する。
 
 

J. S. バッハ:パルティータ第6番 ホ短調 BWV 830
「パルティータ」という名称は、古くは変奏曲を意味し、バッハにも「コラール・パルティータ」と呼ばれるオルガンのためのコラール変奏曲があるが、17世紀末頃からドイツでは「組曲」と同義で用いられるようになっていた。バロック時代の「組曲」は、一つの調性のもとに趣の異なる舞曲を集めたもので、バッハ作品の中でも重要な位置を占める。なかでも6組の《パルティータ》は、極めて多様な構成と多彩な内容を有する点で、彼の組曲の集大成ともいえる。バッハは、1726年から順次、一組ずつ《パルティータ》を刊行した後、聖トマス教会での前任者J. クーナウによる先例に倣って、1731年に『クラヴィーア練習曲集 第1部』という題目のもとに6組をまとめて出版。その際、自ら「作品1」と銘打った。
 曲集の最後を飾る第6番は、最も独自性が発揮された大曲。第1曲〈トッカータ〉(2/2拍子)は、バッハが「トッカータ」と名付けた最後の作品で、中央に3声フーガを配した三部分形式による。イタリア語表記の優美な〈アレマンダ〉(4/4拍子)、クーラントとしては珍しいリズムが印象的な〈コッレンテ〉(3/8拍子)のあと、〈エール〉(アリアのフランス語表記、2/2拍子)を挟んで、味わい深い〈サラバンド〉(3/4拍子)。次の〈テンポ・ディ・ガヴォッタ〉(2/2拍子)は、ガヴォットらしく始まるが、すぐに三連符によってジーグのような印象をもたらす。終曲の〈ジーグ〉(4/2拍子)は、鋭いリズムと跳躍が張り詰めた緊張感を孕む主題によるフーガで、後半は反行形によって展開する。


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