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彩の国さいたま芸術劇場 |

音楽

【1月21日(土)開催 ピアノ・エトワール・シリーズVol.31】 キット・アームストロング インタビュー

2016年11月12日

 

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Q:日本で初のソロ・リサイタルは2015年3月でしたね。 
 
日本で演奏したのは、あの時が初めてではなかったのです。リサイタルではありませんが、2009年のライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(指揮:リッカルド・シャイー)との共演が東京で初めての演奏でした。その後もプライベートで日本を訪れています。ソロ・リサイタルは、2015年が初めてでした。
 

Q : ソロ・リサイタルの時に受けた日本の印象を話していただけますか。
 あの時のことはとてもよく覚えています。私の2015年のハイライトでした。日本のみなさんは音楽、とくにクラシック音楽をとても大事にされています。みなさんがこれまでに音楽に対して捧げてこられた情熱や活動に尊敬を覚えます。みなさんが過去の録音などでお聴きになって、すでにご存知のレパートリーを、この私も演奏することが叶い、誇りに思いました。
 

Q : フランスの小さな教会を拠点に活動されていますね。この教会はコンサートホールとして使っているのですか?
 もちろん、そこではコンサートを行っています。また居住空間もあるので、生活もしています。友人や仕事関係の方たちを招いたりもしますし、企画を考えている人たちで大勢で集まることもあります。そんなとき、雰囲気はくつろいだものでもあり、清澄な空気も漂いますね。
私が心がけるのは、そんな場が心地よいものであるように、仕事の空気に広がりが生まれるように、ということです。まずは企画の出発点として、できるだけ多くの人たちを迎え入れてゆきたい、と。たとえば今年は、地域のみなさんにも空間を開放して、クリエティブな活動のために使っていただくようなプログラムを発信しています。
 

Q : そのような、「そこに住み、学び、人と集う場所を持つ」という考えは、いつからあったのですか?
 この活動は2013年にスタートしました。教会を購入したのもその年ですが、そこを拠点にして、いろいろなアイディアを形にしていこうと考えました。具体的にそれがどのようなものになっていくかは、その時点ではわかりませんでしたが。多くの試みを行い、また、地域のリーダー的存在の方たちとも意見交換をしまして、何ができるかを模索しました。2014年には初めてのコンサートを行いました。そのときはまだ観客は周辺のみなさんに限られていました。600人ほどの人たちが住んでいるのです。このような文化的拠点を、みなさん求めておられたので、決して「浮いて」しまうこともなく、このコンサートはあたたかく受け入れられました。それ以後、みなさんの熱意にも支えられ、2015年には5回のコンサートを行いました。演目については、可能な限り、自分がやりたいと思うレパートリーを選びます。
 2015年の9月には、シマノフスキの曲を特集して、シマノフスキ・カルテットをゲストにお呼びしました。プログラムのテーマは、第一次世界大戦への追悼でした。その土地の皆さんたちにとって、大切なテーマなのです。このときは、映像の上映も行い、また、地域の小学校の生徒さんたちにコーラスとして参加をお願いしたのです。国と国とが平和を結ぶことの意味を象徴したくて、そのような企画に仕上げました。
 

Q : 音楽だけに焦点を当てているわけではないのですね。他の文化的側面、社会で起こることなどにも・・・。
 はい。まずは音楽からスタートしたのです。でも次第に広がっていき、その音楽が成立するまでの過程が必然と盛り込まれてくるのです。さらに、そのまわりで起こることのすべてが関連してきます。そして、音楽に帰結する、といいますか。
 

Q : とても面白いですね。でもどうしてフランスで行っているのですか?
 最大の理由は、建物の独特な美しさに魅了されたのです。内部の音響も素晴らしかった。光を伴うビジュアルに惹きつけられたのが、発端でした。
フランスでは、1905年に教会組織と国家とが正式に分離して、それ以前の価値ある建造物は国家の所有となり、反対に、それ以後の建造物は教会の所有になったのです。あるとき、このサント・テレーズ教会が売りに出されていることを知り、見てみますと素晴らしいものでした。そこで、自分が所有するのであれば、この教会に第二の生を与える意味でなにができるかを考え、関係者と話し合いました。その存在を、過去よりも、さらに活かすことが大事だと思ったのです。
 

Q:彩の国さいたま芸術劇場でのプログラムについてお伺いします。自作の《左手のための3つの印象》そして《細密画》を披露してくださいますが、日本でこれらをお弾きなったことは?
 日本で披露した自作曲は《バッハの名による幻想曲》だけですので、今回の2作品は、日本で初めての演奏になります。いずれも連曲のつくりで、いわゆる「キャラクター・ピース(性格的小品)」です。この様式には長い伝統があるのです。また、改革期もありました。楽曲の個性が「外から見られていた時代」と、それが「内側からの目線」に転換した変化期があります。ロマン主義の黎明期に興ったのですが、フランツ・リストの言葉を借りれば、「音楽が表すのは、英雄の為した行為ではない。そのときの彼の内面の感情だ。」ということです。キャラクター(個の表現)ですね。幸運なことに私は、作曲のベースとして両方の見地に立つこともできると思い、また自分はそこにトライしたくもあり……。なぜなら、長い歴史をへて、いま、私たちはあらゆる様式を把握できているからです。こんなに豊富な情報に基づいて作曲ができるのは、現代の特権です。ライブラリーに出かけさえすれば、過去のありとあらゆる音楽の知識や音楽以外の周辺知識が得られます。そのような文化的状況の中で、私は、より客観的に自分の曲を見つめながら、そして同時にセルフポートレイトも描きこむような曲作りができないか、と考えたのです。外側と、内側の、両方から自分を見つめる作業です。

 

Q:たとえば、《左手のための3つの印象》ですが……
 この曲は、列車に乗っていたときに窓から田園風景が見え、そこに吹いていた風にインスピレーションを受けて書いたのです。ですので、外からは「風」を受けて、そのイメージのヴァリエーションを書きましたが、同時にそのとき自分が瞑想したものの記録でもあるのです。風によって想起された、私の内部にあったものです。そこに連想が生まれますし、その発想のつながりのなかで「自分ってなにものだろう?」とも感じはじめます……。さらに、自分が生きているこの世界は、どういうものなんだろう……と。
 

Q:作曲にも力を入れておられますが、いつ、どのように書くのですか? いま、列車に乗って車窓に風を感じたときインスピレーションが浮かんだ、とおっしゃいましたが、そんなときにすかさず、五線譜に書かれるのですか? 現在、キットさんは非常にお忙しいと思いますが、いつ作曲されているのでしょう?
 たしかに忙しいです。まずは作曲のための時間を作るよう、努力しています。アイディアが浮かんだときすぐに書ける状況とは限りませんね。ですが、とにかく今日までの作業では、浮かんだ音楽を頭で記憶しておくことに困難を感じたことはないんです。覚えておいて、それを譜面に書ける状況になったときに、書き記します。

 
Q:浮かんだものを覚えておくか、またはメモに記しておくかなどして、時間ができたときにきちんと作曲なさる、ということですね?
 そうです。また、あえて急がずに時間にまかせることもあります。効率を考えずにね。ちょっと、マンガのようなものを思い浮かべてみてください。ある人の頭のなかに、小さい木が生えていました。でもその人は、その木を頭から出そうとせず、放っておきました、すると、木はどんどん大きくなってしまって、取り出さざるをえなくなりました、そこで、紙に向かって木を絵に描きました……(笑)。
 

Q:楽しいですね! たしか、キットさんの正真正銘の第1作目の曲は、にわとり(チキン)をテーマにした曲だと聞いていますが?
 ええ、《チキン・ソナタ》という曲です。いまでもちゃんと覚えていますよ。
 <訳注:「Chicken Sonata for solo piano」1998年作(キット氏6歳)>
 

Q:ピアノの演奏活動と、作曲のお仕事は、どのようにバランスを考えていますか。
 作曲はとても大事に考えています。少なくとも自分のなかでは、とても高い意識で行っていますし、熱意もあるんです。演奏することについては、むしろ「自分はこうしてゆくべきだ」というような枠を作りません・・・。他の演奏家のみなさんは、おそらくもっと自意識があるかと思いますが・・・。私は演奏者としての自分のスタンスを、美術館のキュレーターのような立場、と思っています。過去の芸術作品の傑作をみつめ、どのようなコミュニケーション手法をもってすれば、それを観るみなさんの理解が深まるだろうか、と、そればかり考えているのです。ですけれど、作曲をする場合は、自分が創作者になります。解釈者として演ずる役割と、自分を表す役割が重なります。演奏の領域でしっかりと独自の表現方法を確立した音楽家もいますが……。たとえばグレン・グールドのような人物たちですが、自分がそういう演奏家になりたいか?というと、それは自分でもわからないのです。でも、もし私が、自分を表現することを真に望むなら、作曲家には「なりたい。」と感じますね。そして、自分以外の作曲家の作品を演奏する場合には、過去からの継承物を受け渡しているのだ、と感じるのです。
 

Q:お話を伺いながら、前回の来日の時よりいっそう新鮮なマインドを感じました。1月にいらっしゃる時には、前回とは違う姿を見せてくださいますね。
 私自身は、いつもおなじ人間ですけれどね(笑)、なにかを感じ取っていただければ。
 

Q:すでになにか、こちらの心に弾みをつけてくださるような数々のお話でした。
どうもありがとうございます。皆様との再会を、楽しみにしております。


2016年11月
協力:株式会社ジャパン・アーツ