Vol.111
2024年10月号
彩の国さいたま芸術劇場 |
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Q:今回の日本公演について、お話しいただきたいのですが、まずこのリサイタルで選ばれたプログラムについて、教えていただけますか?
今回日本で演奏するリサイタルプログラムは熟考の末、当初予定していた《ヘクサメロン》からストラヴィンスキー作品に変更することにしました。
世界中で愛されているショパンの作品は、これまでにも日本で数多く演奏してきました。私が大好きな作曲家の一人でもあります。今回もプログラムにショパンを入れましたが、選曲するにあたり、日本ではまだ演奏していない作品を組みこみました。
《アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ》は、メキシコでオーケストラと共演してきました。もともとは管弦楽とピアノのための協奏的作品で、のちにピアノ作品として書き直されたときに、ピアノパートはそのままに、オーケストラのパートがピアノに移されました。
数多いワルツの中で、今回プログラムに入れた3曲は、日本では、もしかしたらアンコールピースとして演奏したかもしれません。どのワルツも大好きで、いつも楽しみながら弾いています。プログラムに入れていないときにはアンコールで弾きますし、私には欠かせないレパートリーです。見事な作品群です。
ストラヴィンスキーの《ペトルーシュカからの3楽章》ですが、一言で表現するなら、これは「ロシアの魂」です。ロシア民族の音楽、舞踏が垣間見えることはもちろんのこと、人々の心情もたっぷりと込められた豊かな作品です。ペトルーシュカは、ロシアのおとぎ話の代表的主人公で、人形なのですが感情を持つ悲哀のパーソナリティ。そのペトルーシュカを通して、ロシア民族の踊りや歌のモチーフが直接的にも、間接的、つまり引用の形でも登場します。民謡《ピーテル街道に沿って》などですね。
私にとってこの作品は、ロシアの「謝肉祭(マースリャニツァ)」(ロシアの冬の大祭)のイメージです。楽しい宴、踊り、人形劇、歌…たくさんの人たちが楽しく陽気に集うさまが伝わり、おとぎ話の世界へといざないます。そんなロシアの雰囲気、空気を、日本の皆さまにお届けできればと思います。「ロシア魂」です!
シューマンの《アラベスク》は、これまでにも、日本の聴衆の皆さんの前で演奏しました。今回ここにアラベスクを持ってきたのは、プログラムを締める《幻想曲》に向けて、聴衆の皆さんに“準備してもらう”ためです。ご存知のように、《幻想曲》作品17はシューマンの大曲の一つ。7分ほどのアラベスクで皆さんをシューマンの世界へと導き、《幻想曲》へといざなう、そんな気持ちで後半を考えました。
《幻想曲》は、言うまでもなくロマン派音楽の最高峰に位置する傑作です。これほどロマンティシズムに満ちあふれた作品はない、と言っても過言ではありません。この作品の中をとおして、シューマンを読み取ることができます。クララを愛し焦がれていた彼の切ない思いが、音になって伝わってきます。
当初、シューマンは3つの楽章に標題をつけていました。その後標題を変え、さらには全く標題を外してしまっています。そして楽譜の各楽章の前に3つの星マーク(☆)を記しました。シューマンは自伝的な作品、自分の心根を深く掘り下げた曲に、他にもこのようなしるしをつけています。この《幻想曲》が、彼自身にとってもいかに特別だったかを物語っています。
また、冒頭にはドイツの詩人で哲学者のシュレーゲルの詩が引用されています。この引用は、詩をはじめからすべて読めばわかるのでしょうが、終わりの数行だけでは内容はわかりにくい。でも、シューマンにとってはまさにこの最後の数行が大事だったのですね。
《幻想曲》は、今もなお謎です。シューマンは、何を言いたかったでしょうか。そんなことに思いを馳せながら弾いています。
Q:それを“幻想”、ファンタジーしながら弾くのですか?
いえ、幻想ではなく、まさに「なぞ」です。シューマンがどんな気持ちだったのか、何を想い、感じていたのでしょう。シューマンの膨大な語りかけです。その謎を、どのように表現していくか…。
たとえば3楽章は、当初「星の冠」という標題がついていました。クララを天空に瞬く星に譬え、彼女への永久の愛を伝えています。その3楽章は静かに、緩やかに終わりますが、ここではシューマンの心の奥深くにある気持ちそのものが音になって表現されています。始めの1楽章では、ベートーヴェンの歌曲《遥かなる恋人に》が盛り込まれています。クララへの愛の告白を表わしたかったのでしょうか。謎ですね。実は最初、この部分の引用は3楽章にも使われていて、つまり一つの作品の中で2回出てきていました。でもシューマンは結局3楽章の方は削り、一回だけにしています。その辺も、シューマンの繊細な勘と趣味の良さを感じますね。たぶん、くどくなるのを避けたのでしょう。私もシューマンと同感です。1度だけの引用だからこそ、より生きてくる。中には最初のヴァージョンを演奏するピアニストもいますよ。いずれにしてもシューマンの偉大さを実感する素晴らしい傑作です。
私がプログラムを組み立てるときに心がけていることは、決してモノローグにならないこと。つまり、聴き手とのダイアログ(対話)になるように…言葉が双方向に流れるように、と思っています。自分だけが話すのではなく、一方通行ではなく、双方向に流れるように。
Q:音楽との出会いを教えてください。
クラシック音楽はとても自然に私の中に入ってきました。生まれた時から、と言っても過言ではありません。私が生まれたのは、ブラゴヴェシェンスクという小さな町。都会とは違い、のどかなこの町では、小さい子供も一人で外遊びしています。4、5歳の頃から。私も例にもれず、4歳ごろから一人で外に出て…向かうのはいつも、家の近くにあるレコードショップでした。そこに入ると、まっすぐクラシックコーナーに行き、母が迎えに来るまで、離れようとしなかったんです。そこではいつもクラシック音楽が流れていて、私は飽きずにずっとそれを聴いていました。まるで磁石のように、吸い付かれるように、レコードショップへ足しげく通いました。幼稚園に通い始めると、音楽室がわたしの居場所でした。そこにあったピアノを触るのが大好きで、時間があれば音楽室に行きました。5歳になったころ、母にピアノを弾きたいと言い、音楽学校に入学、そこは通常6歳児から入学できるのですが、私は5歳で入学を許されました。10か月ほどそこで学んだ頃、町のロシア民族楽器オーケストラと共演したのが初ステージです。ベルコヴィチという作曲家の曲の、ピアノソロ・パートを弾きました。
その演奏会には地方の文化担当者や、市長が来ていました。そのころにはモスクワへ移って本格的にピアノを学ぶことが決まっていましたが、市長が私に、「モスクワになんて行かないで、町に残ったほうがいい、モスクワには君の様なピアノの上手な子は五万といるけど、この街にいる限り君は目立った存在で居続けられるんだよ!」と説得(?)されたのを覚えています(笑)。
モスクワでは最初はリシチェンコ先生に、その後はヴォスクレセンスキー先生に師事しました。7歳の時、モスクワ音楽院大ホールでヘンデルの協奏曲をオーケストラと共演しました。今はハノーファーで、アリエ・ヴァルディ先生のもとで学んでいます。
Q:今後取り組んでいきたいことを教えてください。
先生のもとで、これからもっとレパートリーを広げていきたいと思います。シューマン、ベートーヴェン、モーツァルト…。ロシアの作品ですか? もちろんそれもです。ストラヴィンスキーの作品とか。ヴァルディ先生はロシア音楽にも長けているので、学び取ることが多いです。
Q:ピアノの魅力は、あなたにとって、何でしょう?
これまでにいろいろな楽器にふれてきましたが、豊かでみずみずしい音色、多彩な音色に関しては、ピアノが一番可能性が広いと思います。モスクワで学び始めたころも、ピアノを弾きながら、その豊かな音色にいつも感動していました。オーケストラのすべての楽器に代わりうる、どんな楽器も演奏できる万能で、無限の可能性を秘めた楽器がピアノです。もちろん人の声だって表現できますよ。人間のように歌うことができますから。どのような音色も引き出せます。弾き手の心を伝えることができるのです。
Q:休日の過ごし方は? 気分転換にすることは?
そもそもピアノがそばにないと、落ち着かない…(笑)。そうですね、オペラも好きですし、歌手(声楽)の美しい声を聴くのも好きだし…。
でも、一番の元気のもとは、やはりピアノです。気分転換にまったく新しい作品を弾いてみることもします。
Q:気分転換もピアノ?
別に弾かなくても、ただ楽譜に目を通すだけでも、フレッシュな気持ちになって、新しい力が湧いてきます。ハノーファーではオペラにもよく行きます。
Q:読書家でしたよね?
はい。ハイク(俳句)もタンカ(短歌)も大好きですよ。そうそう、日本で観た歌舞伎がとても面白かった! 衣装も、役者の動きも、見るものすべてにくぎ付けになりました。イヤホンで訳を聞きながら観劇しましたが、とても気に入りました。即興している部分が多いと感じていたのですが、後で知ったところでは、すべての動きがきっちりと決まっているのですね。伝統の歴史の継承で、これまで代々培われてきたことを繰り返しているのに即興らしく見えることも、印象深かった。あるベテラン役者が女性を演じる時、わざとらしく女性っぽい動きをするのですが、なんとも巧みで、おもしろかった。またぜひ、歌舞伎を観に行きたいです。
それから、京都も大変気に入っています。最初に訪れた時から大好きな場所になりました。実は最近、『平家物語』(日本語で発音)を読破したところです。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の…」(これも日本語で!!)ですよね。平等院にも行きました。
鴨長明は、とても好きなので、ゆかりの場所を訪れてみたいです。
Q:日本食は?
大好きです。特に好きなのはサシミです。
Q:日本にはあなたのファンがたくさんいます。メッセージを。
また日本の皆さんと会えるのはとてもうれしいです。今から楽しみにしています。みなさんの温かい気持ちは、私にとっては大きな励み。日本のファンのみなさんは私にとって大きな誇りです。演奏会の後に手紙をいただくことがあります、また皆さんと交流する機会も。その熱い応援は私に自信をつけ、前進する大きな力になります。大切なファンのみなさんの前で演奏するときは、自分の心を開いて演奏しています。そんな私のピアノが、聴衆の皆さんの心に届けば、それは何よりの喜びです。そんな心の交流の時を、楽しみにしています。
(協力:ジャパン・アーツ)
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