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彩の国さいたま芸術劇場 |

音楽

【ピアノ・エトワール・シリーズ アンコール! Vol.6 】アレクサンダー・ガヴリリュク インタビュー

2016年6月14日

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Q. 今回のプログラムの曲目は、どのようなコンセプトで選ばれましたか?
  プログラムはまず、シューベルトのソナタで始まります。これはとても明るい,優しさと喜びに満ちあふれた曲です。第1楽章は子供の純真な心のような作品で、演奏会の始めにとてもふさわしいと考えます。第2楽章になると、哲学的になり、例えれば子供に捧げる祈りのような感じ。3楽章は人生の謳歌、生きる楽しさが表現されています。
シューベルトに続くショパン、最初に演奏する幻想曲は非常にドラマティックで悲劇色が濃い。私たちの心の奥からにじみ出てくる感情が、そこにはあります。ショパンの作品群の中でも、明るさと暗さの両面を持っていて、それはまさに私たちの内部にある気持ちを見事に表現していると感じます。苦悩、そこからはい出そうとして、光を求め、模索する…シューベルトのソナタとはがらりと雰囲気が変わります。
 そのドラマティックな幻想曲のあとには、天上の音楽の様な夜想曲が続きます。これは愛が語られた音楽。愛、と一言で言っても様々な形がありますね。色に例えても、実に多様なカラーで表現できます。夜想曲は、探し求めていた愛を見つけられ、一つのゴールにたどり着いたような感覚でしょうか、曲の終わりの方では、音楽はまさに天上に上りつめていきます。
 そして前半最後のポロネーズは、特に大切な意味があります。一言でいうなら、ポーランドの誇り。そんな人々の気持ちをショパンはこの曲を通して見事に表現しています。心臓の鼓動の様なリズムが、音の“行間”で表されていますが、これはとてもポーランドらしいリズムですよね。明るく、色彩豊かで、真の意味で高潔さ、気高さにあふれています。
後半は、プロコフィエフで始まります。このソナタ3番と次に演奏するラフマニノフの《音の絵》はほぼ同時代に書かれた作品です。*  *訳注…プロコフィエフのソナタは1907年、ラフマニノフ《音の絵》は1916-17年に作曲されたと考えられています。

 作品を聞くと、その時の時代や自分たちの置かれた状況を、プロコフィエフの方は楽観的な目で見ていたように思えます。20世紀初頭、世界がどう変わっていくかわからない暗闇を、プロコフィエフのソナタは楽観的に、非常に生き生きと、まさに若々しい作曲家のアプローチが見えてきます。もちろん、彼ならではのユーモアとサルカズム(風刺)的要素もあり、それが作品に大きなコントラストをつけています。
  他方ラフマニノフの《音の絵》はとても深い、時代に“警鐘を鳴らしている”音楽です。当時ロシアで起きていたこと、そして自分自身の人生をも照らし合わせ、悲劇的な見方でそれぞれの「絵」を描いています。それぞれの作品がエチュードよりは「絵画」なわけですから、すべての色合いや感じも異なり、意義も一つ一つ異なっています。色彩豊かに描かれた絵画、胸に沸き立つ感情が真摯に描かれていて、それを音で表現して皆さんにお届けしたいと思います。
 そして最後のイスラメイは、一言でいうなら「花火」のような曲。音符の数が多く、凝縮されていて、それが熱い南の血となってあふれています。

 

Q. 前半のシューベルトとショパンでは、雰囲気が大きく異なる作品が並んでいると思います。
 おっしゃる通りです。コントラストが大きい作品です。人生の喜びにあふれたシューベルトの作品に対して、ショパンの幻想曲は絶望にも似た悲劇があります。そして夜想曲になると、また純真な天上の希望へと気分が変わります。

 

Q. 5年前に、「最近ショパンへの愛情がとても強くなった」とおっしゃっていましたが、それからまた5年過ぎ、ショパンへの気持ちや解釈に変化はありましたか?
 はい、気持ちや解釈の変化といったプロセスは、果てしなく、終わりなく、ずっと続いていくと思います。中でもショパンへの思いは私の中でいつも変化し続けています。この5年で特に大きな変化がおきたのは、娘が二人生まれたことで、それは私の音楽観、人生観を大きく変えました。子供は育てているようで実は育てられていることが多い。子供の誕生は、私に大きな影響を与えました。ステージでは、私のプリズムを通して音楽を客席の聴衆と分かち合うわけですが、そのプリズムは、私の音楽観に基づいて形成されるわけですから、それが変化することで、私の音楽も変わっていきます。
  まずなによりも私が大切にしていることは、作曲家に対して常に真摯であることです。そして、作品が生まれた背景や時代を踏まえたうえで、作曲家や作品を敬う気持ちを忘れないようにしています。子供の誕生は、音楽に対して従順であれ、と改めて私に教えてくれた気がします。自分のためにではなく、作曲家も、そして聴衆とも一つになるための心を忘れぬように。
  ショパンに関しては、じつは少し離れていた時期があります。離れた目で客観的に見えるようになると、また感じ方が変わるので。おもしろいもので、少し離れて距離を置いてみたことで、結果的にはさらに本質に近づくことができました。とても繊細なバランスの問題ですが。

 

Q. ラフマニノフの演奏の評判の高さを良く耳にしますが、ご自身が特別な思い入れのある作曲家はいますか? またこれから、どのようなピアニストになりたいと思っていますか?
 思い入れのある作曲家は多いですよ。ラフマニノフもその一人です。他にも、ムソルグスキー、プロコフィエフ、モーツァルト、ショパン…それぞれ、様々な理由で私にとっては特別な、思い入れのある作曲家です。
 ラフマニノフについては、いつの頃も私の身近にいた作曲家だったように思います。18歳の頃には、彼の音楽を通して自分の感じることを伝えようと思っていましたが、今はもっと広くとらえられるようになりました。自分中心ではなく、ラフマニノフの音楽概念(アイデア)を通して聴衆と一体になりうることが私にとっては重要になってきました。ステージで音楽を奏でながら、それを聴いて下さる方々と一つになる、合体する、その感じです。演劇の世界に例えるなら、有名なスタニスラフスキー・システムに似ています。私は音楽の世界で、そのスタニスラフスキー・システムを意識するようになりました。その結果、ラフマニノフの音楽も変わってきたのです。音楽の自然な流れを、自己表現することで決して妨げないようにすること、流れに沿って動いていくこと、それが自己表現よりも大切に思えてきたのです。
 ラフマニノフは私にとって、とても大切な作曲家です。

 

Q. 作品によって幅広い種類の音を鳴らしていらして感銘を受けます。作品にふさわしい音を鳴らすために大切なこと、心がけていることはありますか?

 音楽へのアプローチです。私自身と作曲家が一つになり(溶け合い)、融合すること。それが音楽でのスタニスラフスキー・システムです。感情を入れ込むあまりその流れを変えたり妨げたりしない、時には少し離れることも必要です。ナチュラルな音楽の流れに沿い、それに“乗る”。
  偉大なリヒテルも言っています。音楽を妨げるな、と。これはとても大切なことです。時に、自己表現や個性的でユニークな演奏をしていると勘違いしがちですが、弾いている作曲家一人一人の本質を意識しながら、音楽に沿って近づいていく、それが私がやるべき大切な仕事だと、私は思っています。

 

Q. 若いころから何度も来日されていますが、若いころと比べ、あなたにとって音楽はどのようなものか、とらえ方に変化はありますか?
 先ほどもお話したように、私が思う音楽の意味が変わってきました。自己表現の手段から、聴衆と一体になる、完全な一体感、統合、融合の感覚が、私にとってはより大事になりました。客席の聴衆は、みんな一人一人違います。性格も、宗教も、文化も生活も感情も、千差万別です。その数百人が音楽を通じて一つになる。それは私にとってとても感動的なことなのです。
 繰り返しになりますが、子供の誕生は本当に大きな転機になりました。エゴイストにならないこと、つまり思い込みで納得しないこと。子供の純真さを、私たちは日々の生活のなかで忘れがちになってしまいますが、それを改めて思い出し、真摯な気持ちで音楽に向かい合うことができました。その意味では、子供を描いた作品、たとえばシューマンの《子供の情景》や、モーツァルト、バッハ、シューベルトなどの純な作品への取り組み方が違ってきたと思っています。
 もう一つ、8年間ドイツで生活していた経験も、私には大きく影響しましたね。ドイツ語を学び、ドイツ人気質に触れ、ヨーロッパ中央部の文化にさらに近づくことができたように思います。もちろん、ドイツの作曲家の作品解釈も変わりました。とても良い経験をしたと思います。半年前にオランダのアムステルダムに居を移しました。ここはまた、非常にオープンな文化が根付いていて、国際的な、美しい歴史的な街です。魅力のある場所ですよ。ここでの生活もきっと私に何か与えてくれることでしょう。人生の経験一つ一つが音楽に反映され、無駄なことなど何もありません。
  それから、素晴らしい指揮者との共演も、私にとって大きな経験の積み重ねになっています。最近はマエストロ・ゲルギエフと共演しました。今年の9月にもロッテルダムでプロコフィエフの4番と5番を演奏する予定です。他にも、ネーメ・ヤルヴィやブロムシュテット、ウラディーミル・アシュケナージなどとの共演は、毎回学ぶことが多く刺激になります。

 

Q. 彩の国さいたま芸術劇場への出演は今回で5回目になります。前回から7年ぶりとなりますが、このホールの印象は?
 ホールのことはよく覚えています。非常に響きの良い、素晴らしいホールですよね。今回の来日で、またここで演奏する機会があることは、大きな喜びです。もっとも、日本には悪いホールはまず存在しませんよね。私の来日はたぶん15回目ぐらいになると思いますが、これまでに良くないホール、良くない聴衆、良くないピアノには出会っていませんよ! 私が恵まれているのもあるのでしょうが、でも日本全国、どこに行っても、ホールや聴衆の素晴らしさには驚かされます。

 

Q. 日本であなたの来日を待っているファンにメッセージをお願いします。
 日本の聴衆のみなさんの音楽への情熱はステージにいて強く感じます。そんな皆さんとの音楽の交流のひとときは、私にとってとても大切な時間です。日本は私の大好きな国のひとつで、いつも日本へ行くことは大きな喜び、とても楽しみにしています。みなさんにまたお目にかかれると思うと、気持ちが高まり、ワクワクします!


 ありがとうございました! 7月を楽しみにしています!

インタビュアー:小賀明子(2016.5.24)
提供:株式会社ジャパン・アーツ