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公演日時:
2006年7月28日(金)〜8月1日(火)(全6公演)
会場:
彩の国さいたま芸術劇場 大稽古場
構成・演出:
蜷川幸雄
演出:
井上尊晶
美術:
安津満美子
照明:
岩品武顕
衣裳:
小峰リリー
音響:
市川 悟
振付指導:
広崎うらん(ダンス) 花柳輔太朗(日本舞踊)
ヴォイス指導:
やまもとのりこ
ムーヴメント指導:
桜井久直
舞台監督:
山田潤一
出演:
さいたまゴールド・シアター 原田琢磨(灸)* 前川遙子(チー子)*
*
ニナガワ・スタジオ
【公演内容】
・ オープニング
・ 『明日そこに花を挿そうよ』(清水邦夫作)より
《今回の公演の中で引用させていただいた方たち》
ウィリアム・シェイクスピア、アントン・チェーホフ、アルチュール・ランボー、
ハイナー・ミュラー、寺山修司、清水邦夫 ほか
さいたまゴールド・シアターが発足してまだ3ヶ月しかたたないというのに、『Pro-cess〜途上〜』という名の小さな公演をもつことになりました。それにはいくつかの理由があります。
一つは、私たちは公共劇場の中でなにをやっているのか、なにを学んでいるのかを実際に観ていただくことです。
そして、もう一つは、私たちの稽古の成果を(もしそういうものがあったらの話ですが)観客のみなさんの眼差しにさらさなければならない、という私の思いです。なぜなら、俳優は観客のみなさんの眼差しの中でしか成長しないのだと私は強く確信しているからです。
この公演の中には、2006年の夏、このゴールド・シアターのメンバーにしか表現できない稀有な瞬間が何ヶ処かあります。それは崇高な瞬間としか呼びようのない何分、何秒かです。この何分、何秒かが増殖して至福の時間の集合体になることが私たちの夢です。
【公演プログラム 蜷川幸雄のあいさつ文より抜粋】
公演日時:
2006年12月1日(金)〜4日(月)(全5公演)
会場:
彩の国さいたま芸術劇場 大稽古場
構成・演出:
蜷川幸雄
演出:
井上尊晶
美術:
安津満美子
照明:
岩品武顕
衣裳:
小峰リリー
音響:
市川 悟
ヘアメイク:
佐藤裕子
ファイティング・コレオグラファー:
國井正廣
舞台監督:
山田潤一
出演:
さいたまゴールド・シアター
石田佳央 原田琢磨
安斎芳明 泉 裕 市川貴之 兼子和大 川崎誠一郎 川崎誠司 宮下泰幸
宮田幸輝 村松 佳 本山里夢 横田 透 石川南海子 市川なつみ 植木彩子
上田星来 江間みずき さじえりな 鈴木 綾 永野雪絵 中村千里 中村真沙海
名塚裕美 成澤希見子 額田麻椰 七味まゆ味 前川遙子 村田京子 茂手木桜子
八木美奈子 薬師寺尚子
(マイクの声)川崎誠司
【公演内容】
・ オープニング
・
【あらすじ】
二人の青年が、チャリティーショーに手製爆弾を投げ込んだ罪で裁判にかけられている。 そこに、その青年(孫)達を助けようと、爆弾、ホーキ、コーモリ、三味線、ものさし等々の武器を持った数十人の老婆達が裁判所に押しかける。看守を爆殺したのち、老婆達が法廷内を占拠、自分たちの手で、逆に検事らを裁判にかける。
警察による強行突入の警告が流れる中、検事や、助けに来たはずの青年にまで、次々と死刑深刻をする老婆達だが・・・。
「1971年、現代人劇場という私たちの劇団は、清水邦夫の「鴉よ、おれたちは弾丸をこめる」を上演した。ぼくは36歳だった。その上演終了と同時に、私たちの集団は崩壊した。解散を決めた夜、激しい雨の中を家に帰ると、川口市の本町公団アパート406号室の四畳半の片隅で、女房が泣いていた。なにかが終わった気がして、と彼女は云った。 その「鴉よ、おれたちは弾丸をこめる」を再び演出する。さいたまゴールド・シアターの2回目の公演である。老いることはむづかしいとつくづく思う。これはその老いと真正面から向いあった私たちの記録である。そこには、今ここでしか感受できない演劇の可能性が存在していると私は確信しているのだが、これもまた私の妄想なのだろうか。 しかも今回は、私のもう1つの集団「NINAGAWA STUDIO」を中心とする青年たち30数名も出演する。年令の遠く離れた二つの世代が混じり合った稽古場は、彩の国さいたま芸術劇場だからこそ成立する特権的な場だ。このような劇場は世界に例のない劇場だ。私たちは、公共の劇場だからこそ可能な豊かさの中にいることを、今、実感している。」
【公演プログラム 蜷川幸雄のあいさつ文より抜粋】
公演日時:
2007年6月22日(金)〜7月1日(日)(全9公演)
会場:
彩の国さいたま芸術劇場 大稽古場
作:
岩松 了
演出:
蜷川幸雄
演出補:
井上尊晶
美術:
安津満美子
照明:
岩品武顕
衣裳:
小峰リリー
音響:
市川 悟
振付:
広崎うらん
ファイティング・コレオグラファー:
國井正廣
演出助手:
大河内なおこ 藤田俊太郎
舞台監督:
山田潤一
出演:
さいたまゴールド・シアター
【あらすじ】
夕刻。とある島に向かって航海を続けている豪華客船。その島には、宇津井グループのリゾートホテルが建設されていた。 船に乗っているのは、宇津井グループホテルに長年勤めながら、2005年の大量解雇でリストラされたベテランのホテル従業員たち。彼らは、行き先のリゾートホテルで再び働くことができるのだ。再雇用の道を開いてくれたのは、そのホテルの経営を引き受けた宇津井グループの御曹司、真だった。 船上(最上階のデッキ)では、すでに若くはない彼らを再雇用してくれた真の結婚を祝う宴の準備が進められている。新婦は、若い頃愛し合っていたにもかかわらず、真がその愛を貫けなかった女性、久美。 リストラ組は、再び働けるという新しい生活への希望に満たされながらも、一方で、海外での慣れない生活への不安など、それぞれが様々な思いを抱えている。
やがて、薄暮の優雅な雰囲気の中、二人の結婚を祝う宴が始まる。様々な趣向が凝らされ、盛り上がりも最高潮になろうとしていたその時、不意にエンジン音が止み、船が止まる。
人々が戸惑う中、ボートで漂流していた異国の難民たちが助け上げられてくる。
言葉の通じない難民たちが同乗した船の上では、不協和音や猜疑心が満ちる気配が漂い、そこには事件の予感が。果たして彼らを待ち受けるものは何なのか。船はどこに向かうのか…。
『船上のピクニック』は、ゴールド・シアターの第一回、第二回公演を見に来てくださった岩松了さんにゴールド・シアターのために戯曲を書いて頂きたいとお願いして、その希望がかなえられたものです。
岩松さんを「静かな演劇」の代表的な劇作家だと思っている人が多いのですが、とんでもない。岩松さんは狂気の劇作家です。その偏執狂的な狂気の世界に抒情が立ちのぼる稀有な劇作家なのです。
船上の45人のドラマはメタファー(隠喩)にあふれています。清水邦夫さんの『鴉よ、おれたちは弾丸をこめる』がアレゴリー(寓意)の戯曲だとしたら、この作品はメタファーなのです。つまり、ぼくらはより高度な演劇的な力を要求されるのです。だから必死ですよ。
私は、私たち自身の「生」が演技の中に組みこまれるべきなのだと思っています。「老い」もまた私たちが直面している大きな問題です。この戯曲の中には、私たちが直面しているさまざまな問題が、私たちはその全てを背負えるのだろうかと不安になるほど詰めこまれています。私たちは創造的な問題、生活上の問題、すべてを抱えながら稽古をしました。今日見ていただく舞台が、私たちの現在です。私は、あえてそう言い切ってしまいます。
今、ゴールド・シアターが発足してから約1年、私たちは、演劇をやることが、まぎれもなく私たちの現在を問うことになるのだという特権的な日々を生きてきました。劇団員にとっては激しく辛い稽古の連続だったと思います。
このような機会を与えてくれた岩松了さんに深く感謝します。そして、公共の劇場が、芸術上の冒険と共に高齢化社会を生きる私たちの課題をも共に背負ってくれていることを、私たちは心から感謝したいと思っています。
【公演プログラム 蜷川幸雄あいさつ文】
公演日時:
2008年3月27日(木)〜30日(日)
会場:
彩の国さいたま芸術劇場 大稽古場
作:
清水邦夫
演出:
蜷川幸雄
演出補:
井上尊晶
美術:
安津満美子
照明:
岩品武顕
衣裳:
小峰リリー
音響:
市川 悟
演出助手:
藤田俊太郎 羽原 結
舞台監督:
山田潤一
出演:
さいたまゴールド・シアター
【あらすじ】
白く物凄き卒塔婆の山。その上にあらわれる一人の女、花子。やがて、父親、長男タロ、次男ジロの三人の男たちがうごめきながら登ってくる。彼らには死んだ三男サブローがいた。サブローの恋人だった花子は、父親たちに請われてサブローの最期の様子を話す。やがて卒塔婆の山の中に、それぞれの探し物をする男や女たちが、そして狂女も現れる。そして、語られ出すそれぞれの想い出…。その声は、呪詛とも歓喜ともつかない異様な響きとなり、その想い出の叫びが最高潮に達した時、卒塔婆の山の彼方から、地を這うような念仏の合唱がきこえてくる…。
『想い出の日本一萬年』は、1970年の秋、深夜のアートシアター新宿文化で上演された。現代人劇場の第二回公演だった。タロは蟹江敬三、ジロは石橋蓮司、花子は真山知子だった。清水邦夫の戯曲は遅れに遅れて、ぼくらは約十二日間しか稽古ができなかった。
予備校で美術を教えている髪の毛の薄いデザイナー、現代人劇場の太ったデスクの女性、全共闘の学生など、直接には演劇経験のない人たちが大勢出演した。
ぼくはたぶん新しい「リアル」をつくりだしたいと思っていたのだ。ぼくらは稽古が終わるとデモに行き、機動隊とぶつかり、蹴散らされた。あるものはそれから横浜へ深夜の肉体労働のアルバイトに行き、あるものは稽古場でねむり、あるものはデモで逮捕された。
そして今、再び、ぼくは『想い出の日本一萬年』を上演しようとしている。ゴールド・シアターは、ぼくがぼく自身を照射する批評軸である。あれから三十八年たった今、芸能するものとしてのぼくに劇的根拠はあるのか、と問われている。
【公演プログラム 蜷川幸雄あいさつ文】
公演日時:
2008年5月28日(水)〜6月5日(木) 全10公演
会場:
彩の国さいたま芸術劇場 大稽古場
作:
清水邦夫
演出:
蜷川幸雄
演出補:
井上尊晶
美術:
安津満美子
照明:
岩品武顕
衣裳:
小峰リリー
音響:
市川 悟
振付:
広崎うらん
演出助手:
藤田俊太郎 羽原 結 金澤光恵
舞台監督:
山田潤一
出演:
さいたまゴールド・シアター
NINAGAWA STUDIO
清家栄一 新川將人 澤 魁士 飯田邦博 野辺富三 宮田幸輝 西村 篤
市川貴之 太田馨子
松延耕資(サックス) 菅原知明(ヴァイオリン)
横田栄司
【あらすじ】
「行列」の芝居の稽古をしている若者たち。そこに突然現れる、かつてその芝居に出演していた「一群」。両者を挑発する「青年」が号令をかけると、「一群」の人々は架空の砂袋を背負いはじめる。やがて、95kgと97kgの違いをはっきり示す、という彼らの作業は次第に熱気を帯び、暴力的になって行く――。
私の机の上で、二枚のブルーのメモ用紙がゆれている。針金の先のクリップにとめられたその紙には、こんな言葉が書かれている。
一枚目。「同じ魂と誇り高さを持っているふたりの男が、生きているうちに少なくとも一度、心の底から話をするのは可能だと思うか――偏見や、個人の利害関係や、嘘といった、生のよりどころをぜんぶ脱ぎ捨て、おたがい丸裸になって」アルベール・カミュ作『カリギュラ』。
二枚目。「馬にたかる蝿は、労働する馬の全筋肉の緊張というものを理解しません」(チェーホフ)
演劇の現場にあびせられる言語は、正直にいうならば、すぐれたものと愚かなものの混合だ。深夜、私は濃淡二枚のメモ用紙の間を行き来する。すぐれた言語に出会ったときは一枚目を。そうでないときは二枚目を。べつに「読売新聞」のひどい劇評について語っているわけではありません(笑)
一九七三年、清水邦夫と私と蟹江敬三と石橋蓮司が十萬円づつ持ちよってつくった演劇集団「櫻社」は崩壊した。それは崩壊としか言いようのない無残なものだった。
しかし私たち四人はこんなことも話しあっていた。何十年か経ったある日、清水が戯曲を書き、私が演出をし、蟹江と蓮司が出演する演劇を、一人の観客もいない劇場で、自分たちの現在を検証するためにだけやろうと。しかしその機会はやってこなかった。
そして今、私は「さいたまゴールド・シアター」で、決して若くはない新しい俳優たちと、新しい集団をつくり、困難にみちた新しい仕事をしている。私にとって、これは希望だ。
【公演プログラム 蜷川幸雄あいさつ文】
公演日時:
2009年6月18日(木)〜7月1日(水)全12公演
会場:
彩の国さいたま芸術劇場 小ホール
作:
ケラリーノ・サンドロヴィッチ
演出:
蜷川幸雄
演出補:
井上尊晶
美術:
中越 司
照明:
岩品武顕
衣裳:
小峰リリー
音響:
市川 悟
振付:
広崎うらん
演出助手:
藤田俊太郎
舞台監督:
山田潤一
出演:
さいたまゴールド・シアター
【あらすじ】
彼らが50年ぶりの再会を果たしたのは、学生時代の恩師、安藤の危篤の報せを受け取ったからだ。
そこはポルトガルに建つ安藤先生の豪邸。
隣家の老夫婦は「アンドウ」が発音しにくいのか、「アンドゥ」と呼ぶ。
やがて「最期の瞬間」に立ち合うべく集まる、アンドゥの人生を彩ったたくさんの人々。
あたかも全員が揃うのを待つかのように続く、アンドゥの小康状態――
どうもぼくたちは、今迄の演劇とちがうことをやろうとしているらしい。このことは大上段にふりかぶって語ることではなく、ぼく自身の実感です。
ぼくたちは今迄の演劇のルールとはまったくちがった、つまり、老いのすべてを引受けてそれをみせてしまおうということです。それは減退してゆく記憶する力や、肉体の衰えや、その日その日の理性と肉体の乖離や、まるで襲ってくるようにやってくる数々の病いのすべてを抱えて、演劇をつくってゆくぼくらの全てを白日のもとにさらしてしまおうということです。
これもまた人間の在り方や、世界認識についてのぼくらの回答なのです。すべて見せてしまえ!忘れたセリフはプロンプターがつけます。劇に集中できるかと思うと、集中をさまたげるものが出てきたりします。これもまたぼくらの生の現在なのです、とあえて言ってしまおうと思います。
ぼくは岩松了さんに続いて、KERAさんがこんな優れた戯曲を、ぼくたちにプレゼントしてくれたことがほんとうにうれしい!
KERAさんの意図とは離れてしまうところがあるかもしれませんが、これがぼくらの現在なのです、と言って許してもらおうと思ってます。
優れたプロフェッショナルな演劇人との仕事はもちろん楽しいけれど、それとは別に奇妙なリアルが存在するこの舞台もまた演劇なのだ、と思ってくださるとうれしいです。少々病んではいますが――。 公共劇場が、このような冒険に充ちた仕事を支援してくれることを感謝しています。
昨日の舞台稽古は最悪でした。演出プランの大幅な変更です。
この文章は初日の朝、不安と期待に揺れ動く中で、祈るような気持ちで書いています。 では、舞台で――。
【公演プログラム 蜷川幸雄あいさつ文】
公演日時:
2010年9月14日(火)〜26日(日) 全10公演
会場:
彩の国さいたま芸術劇場 小ホール
作:
松井 周
演出:
蜷川幸雄
演出補:
井上尊晶
美術:
安津満美子
照明:
岩品武顕
衣裳:
紅林美帆
音響:
金子伸也
振付:
広崎うらん
音楽:
かみむら周平
音楽監修・歌唱指導:
池上知嘉子
演出助手:
大河内直子、藤田俊太郎
舞台監督:
山田潤一
出演:
さいたまゴールド・シアター
熊澤さえか* 手打隆盛* 松田慎也* 堀 文明
*さいたまネクスト・シアター
【あらすじ】
近未来。安楽死法が施行された日本では、老人は延命医療よりも「最適な死」「りっぱな最期」をのぞむように求められていた。エコロジーという名の下に排除され、それぞれの場所で追いつめられていく老人たち――。
そんな時、ある老人ホームでかつてのアイドル歌手の死亡が報じられると同時に、その死には不審な点が多いことがわかった。元ファンクラブのメンバーたちは彼女の入所していた老人ホームに乗り込み、謝罪を要求するにとどまらず、こんなことを宣言する。
「私たちはここを乗っとることを宣言する。今からここは『聖地』となる」
この声明をきっかけに、全国から行き場をなくした老人たちが『聖地』に集まってくる。
『聖地』は完成するのだろうか?
そして、ここは一体誰にとっての『聖地』なのか?
これはもう、ほとんど総力戦という感じですね。
昔からのニナガワ・スタジオのメンバーやネクスト・シアターの若い俳優たちやたまたま見学にきていた俳優志望者や、みんなが力を貸してくれています。そうしないと成立しないほどなにもかも大変な稽古場です。清水邦夫さん、岩松 了さん、KERAさんという優れた、そして個性的な劇作家の戯曲を上演出来るありがたさや喜びはゴールド・シアターの劇団員よりもぼくのほうが正しく理解していると思っています。
そして今度はもっと若い世代の劇作家・松井 周さんが私たちのために書いてくれた戯曲です。若い世代の劇作家の新鮮な、そして面白い戯曲を平均年齢71歳の俳優たちがどうやるのか。
とにかく大変です。うまくいくといいのですが。
今回はぼくも、やけに謙虚です。
【公演プログラム 蜷川幸雄あいさつ文】