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慶長5年(1600年)、徳川家康の主導権を決定付けた〈天下分け目の戦い〉直後の関ヶ原で、敗軍の若武者と浮浪児たちが出会う。離れ猿の佐助やむささびのお霧、ずく入の清次――彼らこそ、のちの真田十勇士だ。
慶長8年に江戸幕府を開府した家康は、息子・秀忠を二代目将軍とし、世襲による安定政権を確立しつつあった。しかし、亡き豊臣秀吉の息子・秀頼だけは、なおも徳川による支配の埒外にあった。
そして慶長19年。〈大仏鐘銘事件〉を機に、徳川対豊臣の〈大坂冬の陣〉が勃発。豊臣方は、くすぶっていた全国の浪人たちを召集した。九度山に蟄居していた智将・真田幸村と彼を慕う十勇士も、活躍の場を求めて豊臣方に加わるが、豊臣の存続を第一とする上層部の判断によりやがて和議が結ばれる。
しかし、豊臣の力を大きくそいだその和議はほどなく破れ、〈大坂夏の陣〉が開戦。真田隊も自分らしい生き方を貫くため、最後の戦いへと突入していく――。
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