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【埼玉アーツシアター通信】バッハ・コレギウム・ジャパン ベートーヴェン「第九」鈴木優人 Interview

2022年10月11日

毎年恒例、バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)さいたま公演。
休館中の今年は、会場を埼玉会館に移し、ベートーヴェンの「第九」を華やかに演奏する。
指揮は、BCJ首席指揮者の鈴木優人。
これまでBCJのチェンバロ・オルガン奏者としておなじみだが、指揮者としてはさいたま公演に初登場となる。
ベートーヴェンの最後の交響曲であり、当時としては規格外の大作かつ難曲である「第九」をピリオド楽器で聴く醍醐味について語っていただいた。

取材・文◎後藤菜穂子(音楽ライター)

 

>バッハ・コレギウム・ジャパン ベートーヴェン「第九」公演詳細はこちら

 

ピリオド楽器での「第九」
初演者の苦労を追体験

 

 「BCJの『第九』はすごくスペシャルです」と鈴木は開口一番、意気込む。
 「ピリオド楽器で『第九』を演奏するということは、この曲が作曲された当時の難しさを保ったまま挑戦するということ。これは大変なことなんです。僕らは毎回、ここをこのようにすればうまくいくんだな、と初演者が味わったような苦労を追体験しながらやっています」
 ピリオド楽器とは、作曲家が活躍した当時の楽器のこと。BCJは創設以来、こうした楽器を用いて音楽を「活き活きと作曲家の時代の言葉で語る」ことを理念としてきた。長年バッハを中心に取り上げていたが、近年では古典派や初期ロマン派の音楽にもレパートリーを拡げている。一昨年11月、彩の国さいたま芸術劇場で演奏したベートーヴェンの《運命》と《ミサ曲 ハ長調》も記憶に新しいところだ。
 「まずは弦楽器の音色が、ピリオド楽器とモダン楽器のいちばん大きな違いですね」と鈴木は説明する。バッハの時代もベートーヴェンの時代も、弦楽器はガット弦*を使っていた。
 「ガット弦で『第九』を聴くと、当時の音色が今よりもダイレクトであったことを感じてもらえると思います。また管楽器に関しては、たとえばオーボエやクラリネットなどは19世紀当時に作られたオリジナルの楽器を使っていますので、キャラクターが強く、音色も格別です。今回、ホルンの首席には、スイスからリオネル・ポワントさんという名手をお迎えします」
 ベートーヴェンが生きた時代は、ピアノや弦楽器(特に弓)、そして特に管楽器が劇的な変化を遂げた時代である。ベートーヴェンはそうした新しい楽器の可能性を利用して、自らの理想の音楽を追求していった。その頂点に位置するのが彼の「第九」だと言っても過言ではなかろう。

 

ベートーヴェンの集大成
そして勇気をもらえる曲

 

 鈴木はこれまでモダン・オーケストラとは折々に「第九」を指揮してきたが(特に第4楽章の《歓喜の歌》は頻繁に取り上げており、自身がエクゼクティヴ・プロデューサーを務める去年の調布国際音楽祭のオープニングでも指揮した)、BCJで「第九」を指揮したのは、昨年12月の東京芸術劇場での公演が初めてだったと話す。「第3楽章で第1ヴァイオリンの奏でる美しい装飾的な音型は、ベートーヴェンのもう一つの大作、《ミサ・ソレムニス》の〈ベネディクトゥス〉の音楽を思わせ、BCJのガット弦の音色で聴くとひときわ心が洗われるなあ、と指揮しながら感じていました」と振り返る。「そして、BCJの合唱の魅力を引き出す曲でもあります」
 「第1 〜3楽章までの本当に緻密なオーケストラ書法にくらべて、第4楽章はさまざまな要素が次々と登場して、一見とりとめがないんですが、それがシラーの言葉によって結びつけられているという構造がとても興味深いですね。第4楽章に歌手と合唱を入れるという斬新なアイディアも含めて、まさに彼の集大成としての思い切りの良さを感じます──思ったことを徹底して最後まで書いていると言いましょうか。
 すなわち、自分自身に対してとても正直に書いた結果、一般的な目線からはありえないような──すなわち演奏しにくい──音符がいっぱいあるわけですけれど、人間の歴史が変わっていくには、人の目を気にするのではなく、自分の中のアイディアを大事にするべき、ということを教えてくれる作品のような気がします。そういう意味でも勇気をもらえる曲だと思います」

 

たくさんの思い出がある埼玉で
国際的な顔ぶれでの「第九」を

 

 鈴木は今年に入って、日本フィルハーモニー交響楽団のさいたま定期演奏会の指揮者として、埼玉会館に二度登場している。ホールの印象については「最近の新しいホールにくらべれば残響は少なめかもしれませんが、クリアでいい音だと思っています」と話す。
 「僕は埼玉にはたくさんの思い出があるんです。彩の国さいたま芸術劇場では、20年来BCJのメンバーとして多くの演奏会やレコーディングに参加してきただけではなく、蜷川幸雄さんの舞台の劇伴音楽の収録にチェンバロ奏者として参加した思い出もあります。また母は幸手市の出身ですし、埼玉には縁を感じます」
 今回の「第九」の編成はBCJとしては規模が大きく、オーケストラが約50人、精鋭の合唱が約40人。そして独唱陣も日欧米と国際的な顔ぶれが揃う。
 「バリトンのポール・マックス・ティプトンさんはBCJのアメリカ公演に参加してくれているすばらしい歌声の持ち主です。テノールは昨年のBCJの『第九』でも歌ってくださった輝かしい声の宮里直樹さん、そしてソプラノは、BCJの公演や調布国際音楽祭のオペラなどで何度もご一緒している中江早希さん。ノルウェー出身のマリアンネ・ベアーテ・キーラントさんは古楽を得意とするメゾソプラノで、BCJのモーツァルト《レクイエム》やベートーヴェンの『第九』のCDでもソリストを務めてくださいました。すばらしいソリストたちが集まってくれて嬉しいです」
 年の瀬には必ず「第九」を聴くという方も、今年初めて聴いてみようと思っている方も、12月3日はぜひ埼玉会館で鈴木優人指揮BCJの創り出す緻密かつパワフルな響きに身を委ね、ベートーヴェンが志した高みを追体験していただきたいと思う。

 

*通常モダン楽器で使われる金属弦やナイロン弦と異なり、羊の腸の繊維をより合わせ乾燥させたもの。

 

 

(「埼玉アーツシアター通信Vol.101」P.12 -13より)

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